Rock And Roll Is Dead 第三話/パクソダクエストⅣ

0.パクソダクエスト ばかなべの原点
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東京での暮らしが始まった。

会社の寮の部屋はベッドと収納、そしていかにも仕事しろといわんばかりのバカでかいデスクが置かれていた。

狙っていた本社ポジションが思ったよりも早く舞い込んだ。私のことを気に入ってくれた部長の一本釣りらしい。あらゆる人との出会いや評価で運命なんてコロッと変わるものだなと思った。

チャンスはもらった。あとは仕事で結果を出すだけ、いや出しまくるだけだ。絶対に都落ちなどしない。

今日は土曜日。

来週の月曜から初出社。この二日間、きっちり準備行動をしていきなりスタートダッシュを決め込む。

 

などと考えるわけがない

 

俺様はもう田舎者ではない。

俺様は今日から東京の都会人なのだ。

都会人らしい休日を堪能してこそ、デキる男だ。

まずお台場に行きフジテレビを見学。

その後レインボーブリッジを背に自由の女神の前で写真を撮った。

よし、完璧な都会人だ。

そして東京といえば何と言っても渋谷だ。

渋谷で東京のギャルを食い散らかす。これこそが都会人のデキる男だ!

山手線で渋谷駅を降りると、テレビで何度も見たことがあるハチ公像から渋谷の交差点を眺めた。もちろん写真を撮った。

よし、完璧な都会人だ。

あとは渋谷のギャルを食い散らかすのみ。

そのまま道玄坂を駆け上り、「道玄坂クリスタル」に入店。

渋谷系のギャルっぽい女を指名。ちんちんをしゃぶってもらった。

初日にして、台場、渋谷、東京の女を攻略。

ふ、ちょろいな東京・・・

プレイ後のトークで渋谷系ギャルが三重県出身だと聞いてズッコケた。

こうして、完全な田舎者の行動で東京初日を終えた。

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・・・

私は恵まれていた。

私を気に入ってくれた部長は、もっとも私がやりたがっていたポジションを与えてくれ、上司や先輩も良い人ばかりで助けられもした。今思えば私が結果を出しやすくなるよう仕向けてくれていたと思う。

周囲の助けもあり、道玄坂クリスタルでは一切結果を出せなかったが、仕事ではとんとん拍子で結果を出すことができた。

仕事が楽しくて楽しくて仕方がない。土日返上でレポートやプレゼン資料を書き上げるのもとにかく楽しい。やる気に満ちた毎日は、あっという間に時間が過ぎていった。

ただ、ひとつ心残りなのはミキのことだ。

毎日電話やメールのやりとりをしていたが、思った以上にミキは寂しがり屋で、電話口で泣き出すこともあった。遠距離恋愛ってなかなかの無理ゲーだなと思った。

・・・

上京して2ヶ月ほどたったある日。少し仕事に疲れてきたころ、普段飲みになど誘わない上司が私を誘ってくれた。それがブサクエで何度も登場した

 

五反田のらがんである

 

「ばかなべ、お前はよく頑張ってるけどちょっと肩の力抜いてもいいんだぞ」

その言葉を言われたとき、急に力が抜けて泣きそうになり、涙をこらえるためにビールを一気飲みしたのを覚えている。あの日のビールの味は一生忘れない。

あの言葉をきっかけに仕事に遊びの部分をもち余裕を保つようになった。私にとって記憶に残るありがたい言葉だし、その人が今は取締役となり、今また私の直上司なのだから人間関係というのは面白い。

・・・

その夜、ミキから電話がかかってきた。

「なぁ、私東京行ってもいい?」
「こっちくるの!?まぁそりゃいいけど・・、バンドとかどうするん?」
「もうやめるって伝えた。」

相変わらずこうと決めたら行動が早い・・・。バンドメンバーとはかなり揉めたらしいが、なんとか説得したらしい。

3月に大阪で最後のライブがあると聞き、初めてミキが出演するライブに行ってみた。

30人ほどスタンディングの客がいた。その先のステージ上で、激しくドラムを叩くミキはめちゃめちゃ格好よかった。やっぱりロックンローラーじゃないか・・・普段の寂しがり屋で甘えん坊のミキとは想像がつかない。

3曲ほど演奏した後、ボーカルの男が話始めた。

「実は今日で、ドラムのミキは脱退です!」
「ええ~」

数人の客が驚いた声を上げた。

「マジ、意味わからんねん。やめる理由がわからんし、なんやねんって感じやけど、やめたいらしいからもう勝手にせえや。まぁこいつおらんでも俺らはやっていくんでこれからもよろしく!」

ボーカルの男の恨み節を観客は静かに聞いていた。その後、ミキは何も言わず黙って残りの曲を精一杯演奏していた。

・・・

正式に大阪のバンドから脱退したミキは、1週間後に東京へやってきた。私は寮から出てミキと同棲生活を開始。ホームグラウンドはもちろん五反田だ。新築の1Rマンション、家賃は10万円。狭いがここからが本当の東京生活スタートだ。

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そこからの1年半、ブサイククエストとしては空白の期間だ。

単純にミキという存在に満足しており、他の女には(ちょっとしか)興味はなかった。

夏だけは毎週末にB岡と南紀白浜で合流し、白浜でナンパを楽しんだが・・・ナンパしてBBQを楽しみたいだけで、たまにしかセックスしなかったし。

東京でも友人と飲んだときにたまにナンパしてセックスするぐらいだし、暇なときにたまに「ご近所さんを探せ!」で出会った女とセックスするぐらいだ。

ほとんどエロい活動はしておらず、私の毎日は仕事とミキだけで構成されていた。

平日の昼は仕事、夜はミキとセックス、そして週末はほぼディズニーだ。

ミキがディズニー好きとあってランドとシー両方は入れる年間パスポートを誕生日にプレゼントしたことがきっかけで、毎週ミキとディズニーに行くようになった。

最初はミキの付き合いでディズニーに通っていたが、次第に私は病気になった。

みんな気を付けろ。

ディズニー、あれは行けば行くほどハマってしまう。

着ぐるみの動物たちがかわいく見えてくるし、ダンサーの顔さえも覚えるようになる。

もし、毎日行われる同じパレードやショーが毎回違うように見えてきたとしたら、ディズニージャンキーだ。

そうなったら最後。

周期的に変わるパレードのグッズを買いあさることになる。中国製で縫製もしょぼいぬいぐるみなのに余裕で1,000円を超える謎のグッズに金を払うことになる。

さらに悪化すると平日の夜のゲーセンで狂ったようにクレーンゲームでディズニーグッズを狙うようになるだろう。あの頃の私とミキは目がイッチャッテタような気がする。

・・・

ミキとの付き合いが2年目になったころ、なんとなく両親に挨拶に行ったほうが良いような気がしてきた。ミキも私も口には出さないけど「結婚」を意識しはじめていた。

「来週、お前のお父さんとお母さんに挨拶しにいこうか。」
「え?」
「一緒に住んでるんやし、ちゃんとしたほうがええやろ。」
「う・・うん。」

彼女の両親に挨拶をしたのは大学のときに1度だけある。それ以来、初めてのことだ。それほど、私はミキに真剣だった。

翌週、私とミキはミキの実家の前にいた。

右手に手土産の東京ばな奈を持って。

だが、この後にとんでもない出来事が起こるとは私もミキも予想してはいなかった。

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