こたつで屁をこいた後、どうすべきか

8.どうでもいい話

こたつの中で人知れず屁をこいたことは誰だってあるだろう。

屁は誰でもこくので恥ずかしいことではない。

石原さとみだって、竹内涼真だって屁をこいた経験は絶対あるし、彼らだって屁はくさいはずだ。まぁ私は変態なので石原さとみの屁なら金を払って嗅ぎたいのだが。

こたつで屁をこいた後、誰にも悟られぬように少し布団をあげて喚起する人がいる。

こたつ内から屁を逃し、少しでもこたつ内のニオイ悪化を防ごうとする行為。

このような、人知れず真面目に行動するのは称賛に値する。

だが、「真面目アピール」は愚の骨頂である。

思えば、あらゆる場面で「真面目アピール」する人を見かける。

例えば、ビジネスシーン。

人より成果を出したとか、人とは異なる気づきをしたとか、そういうことではなく、ただひたすらに、「決められたこと私は頑張ってやってますアピール」をする人がいる。

人事評価を少しでも高めるために採用された「真面目アピール」。

はっきり言って、決められたことを頑張ってやるのは当たり前の行為であり、称賛に値するものではない。

下手すると、昔の古いやり方を踏襲し続けることこそ正義!などと訴える老害にさえなりえる。

仕事の基本戦略が「真面目にやってる」しかないとすると、それは頭を使ってないか、新たな行動をしてないだけであり、アホな戦略である。

皿洗いを真面目に頑張ったところで、食洗器が導入されたら今までの経験はパー。その仕事の存在も不必要になる。真面目に頑張るだけではクルクルパーである。

スポンサーリンク

これはビジネスシーンだけに言えることではない。

恋愛においても同じだ。

人よりイケメンとかカワイイということでもなく、おしゃれとか人として素敵ということでもない。ただひたすらに「真面目にあなたのことを好きですアピール」をする人がいる。

恋愛評価を少しでも高めるために採用された「真面目アピール」。

はっきり言って、好きな人をただ一途に好きでいることは当たり前の行為であり、称賛に値するものではない。

下手すると、相手の気持ち無視しても愛し続けることこそ正義!などと訴えるストーカーにさえなりえる。

恋愛の基本戦略が「真面目にやってる」しかないとすると、それは頭を使ってないか、新たな行動をしていないだけであり、アホな戦略である。

真面目であれば評価されるだろうという姿勢自体が、傲慢なのだ。

・・・

こたつで屁をこいたけど、そっと布団をあげて屁を逃がす。

真面目さというのはその程度でいい。

アピールすることではなく、こいた屁を人知れずこたつから逃がす・・・

真面目さとはそんなもので良いのだ。

肝心なのは、真面目さではなく、相手をいかに楽しませるか。

こたつの前にあるテレビで何を映し、いかに相手を楽しませるか。

こたつの上にどんなみかんを置いて、いかに相手を楽しませるか。

そして、こたつの中で相手の足をつんつんして、いかに相手を楽しませるか。

目に見えること、目に見えないこと、すべてをどのように活用するのか。

真面目だったら好かれるというのは、甘い考えだ。

真面目さとは、こたつの中の屁みたいなもので、アピールすることではない。

少し布団をあげて真面目さを匂わせるぐらいがいいのだ。

結果的に屁を匂わせることになるのだが。

ちなみに我が家にこたつはない。

スポンサーリンク

このサイトをフォローする!

コメント

タイトルとURLをコピーしました