デジタル時代のナンパとビジネスの共通点

8.どうでもいい話
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個人データは誰のもの

と問われれば、少し前の時代は企業のものだったかもしれない。Google、Facebook、Amazonなどのプラットフォーム企業はユーザーのあらゆる情報を取得し、そのデータを再活用することで顧客を囲い込む戦略をとっていた。

だが、EU諸国のGDPRなどを皮切りに、今は個人データは企業のものではなく個人のものであるという考え方が根付いた。

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今は、宣伝が嫌われる時代。

今の個人は多様化した。具体的には、企業に個人情報を提供したいとも思わないし、囲い込みをされたいとも思わないことだ。各々が自分が自由に選択するスタイルで生きるということだ。

たとえば、LINEやGmailでセール情報やキャンペーン情報が送られてくることがあるが、ノールックで削除してる人が多いのではないだろうか。個人多様化時代において、あんなものは迷惑でしかない。

youtubeやTwitterなどの情報取り扱いが当たり前の時代。テレビから一方的に流されるCMをきちんと見続ける視聴者がどれだけいるのだろう?いたとしたらバカだ。時間の価値を分かってない。テレビに時間を支配される時代ではない。

従って、(データによれば)自社サービスに興味がありそうな人の情報を高値で買い取りDMを打ちまくる!・・・この見られもしない情報を流すだけの戦術に金を払うのは化石時代以下。物々交換でもそんなバカな取引しないだろ。

しかし、情報リテラシーが低い人間は高値で買って顧客に迷惑をかけるのだ。バカはやはり金を払い続ける。

ビジネスにおいては、顧客を太客にし、再利用され続けることが必要だ。では、顧客をどうつなぎとめるか?

それは顧客に「良い体験を提供」し続けることでしかない。

仮に、食べログで高い評価があるお店に行ってみて、料理もまずくて店員もクズだったとしたら再来店するだろうか?するわけないだろう。だが、そんな体験をする顧客は少なくない。

私からすれば食べログやホットペッパーで店を選ぶこと自体、どうかと思う。ネットの評価が高い店に行く行為はすでに古い。恣意的な情報も含まれる。信用に足る情報ではない。自分が体験し、良いと思った店にしか女の子は連れて行かない。信じるべきはネットの評価ではない、自分の体験ベースだ。

・・・

価値の移り変わりは「得る」→「使う」→「感動体験

東京オリンピック(1694年)以降、「カラーテレビ」「クーラー」「自動車」が三種の神器と謳われた時代があったらしい。この時代はこれらを「得る」ことが価値(幸せ)だった。自宅にこれらを揃えることが価値だったのだ。

だが、どの家庭にもカラーテレビ、クーラー、自動車があるのが当たり前になったとすると・・・「得る」ことが当たり前になる。

そうなれば次第にそれらを使いこなすことが価値となる。いかに居心地よく使うか、いかに良質のコンテンツを得るか、いかに車で色んなところへドライブに行くか。

現代社会では、スマホがテレビ替わりになるし、ネットもエアコンも当たり前に生活にある。要するに生活水準は、技術の進歩により格段に上がり、「得る」ことそのものに価値がなくなってきている。

例えば、高級なテレビとそれなりのテレビの違い。よくわからないし、ある程度大きな画面と画質で見れれば、別にいいやぐらいになってるはずだ。

そうなると単純にモノを売っても儲からない、すでにほとんどの人があらゆることを使える時代になっている。飲食店で言えば単純においしい料理を、顧客に提供するだけでは満足を得られない時代。その顧客をつなぎとめる方法はDMではなく、感動体験である。

飲食店で例えれば、お店や店員さんにコンテンツ性があるかどうか。あるいはものすごく安いサービスであるか。なんらか顧客にとって感動的なものがあれば、再来店される可能性は高まる。無論、私がコンパで使用するお店はいつも同じ。コスパ抜群、店員味方、料理・雰囲気そこそこ。このようなお店はあるようでなかなかない。

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アンバンドルは、止まらない。

アンバンドルとは、一括して提供されていた商品やサービスを、解体あるいは細分化すること。一番わかりやすいのはUberEATSの例。コロナ騒動で自宅で飲食する人が増え、UberEATS利用者が格段に増えた。

UberEATSは飲食店の料理を指定された場所に届けるサービスだ。

料理を出す飲食店の業務プロセスは、通常は①来店する、②注文する、③料理を提供する、④飲食する、⑤会計する、⑥洗い物する、という流れだ。

だが、UberEATSをガンガン使う、なんならUberEATS以外で料理を提供しない飲食店であれば

①来店する、はなくなる。

②注文する、はスマホで完了

④お店で飲食する、は自宅で完了

⑤会計する、はネットで完了

⑥洗い物する、は完全になくなる

となると、③の料理を提供するだけで成立する飲食店も出来上がる。

①来店不要なら多少辺鄙な場所でもOK(賃料削減)、②注文不要・⑥洗い物不要なら人を雇う必要無し(人件費削減)、家で飲食するなら④お店で飲食する必要無し(席数不要)、⑤会計不要なら両替や現金取り扱いリスクもなくなる。

業務プロセスは出来るだけシンプル化、少ないほうが効率的だ。今後、日本で自宅飲み&オンライン飲み会が増えれば、このような飲食店が増える可能性はある。

飲食店は料理提供に集中すれば、より高い品質の料理提供ができるかもしれない。オンライン飲み会がもっと普及すれば、地元の友だちや普段会えない人たちともコミュニケーションをとれるようになるかもしれないし、それが新たなビジネス展開となる可能性もある。都心と地方とのつながりが思わぬアイデアを創出することは珍しいことではない。

ナンパとビジネスの共通点

ところで、このブログをご覧の方がどれほどナンパし、どれほど女好きなのかはわからない。だが、少なくとも女好きのバカであることは間違いないと思っている(もちろんほめ言葉)。

女好きのバカであっても、置かれた立場はさまざまだろう。

①超金持ち、有名人・公人なので遊べない人
②金持ち、経験人数1人
③金持ち、経験人数100人
④収入は普通、経験人数10人
⑤収入は普通、経験人数100人
⑥貧乏、経験人数0人
⑦貧乏、経験人数1,000人

パターンは言い出したらキリがない。

金持ちで経験人数1万人とか夢の領域とおもうかもしれないが、そのレベルにいくと周りをとりまく環境が変わってしまう。お金で得るセックスを虚しいと思うか、思わないかもその人の価値観だ。

さて、ここで考えたいのが女性という存在が、あなたにとってどこに目的があるかだ。

「得る」→「使う」→「感動体験」

この順番が変わらない。

例えばモテたい、ナンパしたい、彼女がほしい、と思ってる人は、まず「得る」を目標になる。

彼女がほしいのであれば、彼女を得る。かわいい子とHしたいのであれば、Hを得る。単純にそのレベル。そのためにナンパしたり告白したりするのだろうか。

だが、はっきり言えば「得る」にある程度満足すれば、次に待ち受けているのは「使う」である。

初めてできた彼女とデートしたりセックスしたり。楽しい日々が待っている。初めてナンパした女性をセフレ化すれば、定期的にHできる楽しい日々が待っている。

だが、必ず限界はくる。

そして、「使う」の次に待ち受けるのは「感動体験」だ。感動体験の指標も人によって異なる。

愛する彼女と結婚し、素晴らしい家庭を作る。生まれた子供を大切に育てる。そこに感動体験をもっていく人が大多数だ。ただ、そこで終われるかどうかはその後の時間に寄るようだ。

結婚が「得る」だった場合、同じように「使う」「感動体験」の道筋を通れば良い婚姻関係は続く。だが、「得る」の後にうまく使えない、あるいはしばらくして感動がなくなったとなると、離婚につながることもあるだろう。

女好きのバカは結婚を選ばず、月間50人とセックスしたぜ!なのか、小便漏らさせたぜ!なのか、ふざけたコンパしまくったぜ!なのか。何を望むかはわからない。無論、私は3番手だったのだが・・・

さて、ここまで男性目線の話をしたが、実は

 

 

女性にとっても同じである。

 

  

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女性と知り合った時、その人が「得る」「使う」「感動体験」のどのフェーズにいるのかわからない。だが、触れ合ううちにわかることがある。

相手に対して、処女を捨てたい、彼氏がほしい、結婚したい、と要望するのなら、その女性のフェーズは「得る」だ。

そのニーズに対して応えるなら、セックスへの恐怖を取り除く、真剣に恋愛する、結婚前提で付き合う、など。貢献対策は相手によって異なる。

相手に対して、恋愛を楽しみたい、結婚生活を謳歌したい、と要望するのなら、その女性のフェーズは「使う」だ。

そのニーズに対して応えるなら、思う存分愛し合う、将来の生活設計も一緒に考えながら生活を支え合う、など。貢献対策は相手によって異なる。

相手に対して、普段とは異なるセックスがしたい、非日常の体験をしたい、と要望するのなら、その女性のフェーズは「感動体験」だ。

これに応えるのが一番難しい。

だが、この領域にいる女性は相当に稀だが実際に存在はする。

感動プランは相手によって大きく異なる。映画館で延々と手万し続けるのか、遠隔バイブを入れてモスバーガーで注文させるのか、アナルバイブをつっこんだまま路上歩行させるのか、おしっこを強制的に漏らさせるのか。

まぁ、私の場合エロ感動を求めるバカとしか接してないので例がこうなっちゃうのだけれども。少なくとも昭和初期より恵まれた環境に生きている我々は、得るフェーズではなく、感動フェーズの人間が多いのは確かだ。

・・・

男女関係も、アンバンドルは進む。

アンバンドルとは、一括して提供されていた商品やサービスを、解体あるいは細分化すること。男女関係で例えれば、①恋愛して、②結婚して、③子供を授かる、④家庭を作る、⑤子離れする、⑥老後同居する、と分けることができる。

この6つのプロセスを分けて考える人たちは、一定数存在するだろう。

または、①~⑥のどれかを捨てる人も出てきておかしくはない。

飲食店が来店~会計まですべてを請け負うのが当たり前の時代ではなくなりつつあるように、恋愛~老後同居するまですべてを請け負うのが当たり前の時代もなくなる可能性はある。

これを悲しいと受け止めるのか、新たな可能性と受け止めるのかも人によって異なるだろう。

ここまで読んだ人ならうすうす気づいていると思う。

そう、私はこのような屁理屈をほざくクソ野郎である。

でもさ、それでもご指名いただけるわけですよ。

お気に入りの子を太客にするのであれば、その子に貢献しまくるしかないってことです。私はクンニが苦手なのでウーマナイザーを使用する。チンチンが小さいのでバイブを使用する。

相手への貢献のためならば手段は選びません←最高のクズ

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